M&A
学習塾のM&A・売却|契約書で売り手が差し出す3つの条項と、手数料の決まり方
塾を譲ろうと考えたとき、最初に気になるのはいくらで売れるかです。ただ、その金額が決まるより先に、仲介契約に署名する場面が来ます。
契約書には、署名した後の行動を縛る条項が入ります。他社に相談できなくなる、自分で見つけた相手と直接話せなくなる、契約が終わった後の成約にも手数料が発生する。いずれも中小企業庁のガイドラインが留意点として挙げているもので、期間や対象範囲の目安まで示されています。
価格の話より前に、この3つを確かめてください。手数料も、率だけを見ていると手取りを読み違えます。
当社は、教室の譲渡や事業譲渡のご相談もお受けしており、成立した場合に対価を受け取る可能性があります。本ページの計算は、譲るか閉じるかのどちらを選んでも同じ手順で出せるようにしています。条件が合わない場合は見送りをお勧めします。
SHORT ANSWER
確かめる順序は、価格ではなく契約条項が先です。 中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」は、専任条項の契約期間を「契約期間は最長でも6か月〜1年以内が目安」、テール期間を「テール期間は最長でも2年〜3年以内が目安」とし、直接交渉の制限は「有効期間は仲介契約・FA契約が終了するまでに限定すべき」としています。
手数料は、成功報酬の「基準となる価額」を何にするかで変わります。移動総資産額を基準にすると譲渡額に負債が足されるため、借入のある塾ほど高くなります。
条項は第5章、手数料は第4章、価格の考え方は第3章で扱います。 買い手側の投資回収は法人・多店舗のページに、畳む場合の手順は塾を畳むページにあります。 本サイトは判断材料を示すもので、譲ることを勧めるものではありません。
1. 売り手が置かれている状況
塾を譲る理由として最も多く語られるのは後継者不在です。少子化で市場が縮み、教室を継ぐ人がいないまま経営者が高齢になる。この説明自体は当たっています。
ただ、その説明は売り手の事情であって、買い手が価格を決める材料ではありません。買い手が見るのは、引き継いだあとに在籍が残るか、講師が残るか、固定費がいくらかです。売る理由がどれだけ切実でも、その3つが弱ければ条件は良くなりません。
逆に言えば、売ると決める前の状態が価格を作ります。在籍が減り始めてから動くと、減っていく数字を見せながら交渉することになります。市場が縮むこと自体は止められません。在籍が残っているうちに動くかどうかは選べます。
この章で言えるところまで
後継者不在が増えているのは事実ですが、それが自塾の譲渡条件を良くする材料にはなりません。売り手が増えれば、買い手は選べる側になります。業界全体で売り手が増えていることと、自塾の条件交渉は、分けて考えてください。
2. 株式譲渡と事業譲渡で、残るものが変わる
同じ譲渡でも、株式譲渡か事業譲渡かで引き継がれる範囲が変わります。個人経営の塾なら事業譲渡、法人化していれば株式譲渡が選べます。
| 項目 | 株式譲渡 | 事業譲渡 |
|---|---|---|
| 移るもの | 会社そのもの。契約も許認可も原則そのまま | 合意した資産と契約だけ |
| 講師の雇用 | 雇用関係はそのまま続く | 一人ずつ同意が要る |
| 賃貸借契約 | 契約名義はそのまま(変更条項の確認は要る) | 貸主の承諾が要る |
| 簿外の債務 | 会社に残るので、会社ごと引き継ぐ買い手が実質的に負う | 原則として売り手に残る |
| 売り手に残る器 | 残らない | 法人は残る。清算するなら別の手続きが要る |
売り手にとって効くのは3行目と4行目です。事業譲渡は貸主と講師の一人ずつの同意が必要なので、話が外に漏れる場面が増えます。株式譲渡は手続きが少ない代わりに、簿外の債務が会社に残ったまま買い手のものになるため、調査が細かくなります。
どちらを選ぶかは税負担でも変わるため、条件が固まる前に税理士へ確認してください。本サイトでは手法の選択そのものには踏み込みません。
3. 譲渡価格に相場表は無い
中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」は、簿価純資産法・時価純資産法・類似会社比較法などで算定した価値をもとに交渉し、純資産に数年分の利益を加算する場合もあるとしたうえで、当事者同士が最終的に合意した金額が譲渡額になると述べています。
算定の手法はありますが、そこから金額が一つに定まるわけではありません。本サイトでも金額は示しません。示せるのは、何が価格を動かすかです。
価格を動かすもの
- 在籍が引き継げるか。買い手が買っているのは教室ではなく、通い続ける生徒です。譲渡の話が生徒や保護者に伝わって退塾が出ると、その分だけ買い手の見る在籍数が減ります
- 講師が残るか。在籍は講師との関係に紐づいています。主力の講師が抜ける前提なら、買い手は在籍が減ることを織り込んで値を付けます
- 固定費がいくらか。家賃と人件費が高い教室は、同じ在籍でも買い手の手残りが少なくなります
- 物件と設備を引き継げるか。引き継げれば買い手は初期投資を抑えられます。引き継げないなら、買う理由が薄くなります
公表されている事例の読み方
仲介会社が出す成約事例は、成立したものだけが載ります。条件が合わずに終わった案件や、想定より低い金額で決まった案件は表に出ません。事例の金額を自塾の目安に使うと、実際の提示額との差に説明がつかなくなります。事例から読み取れるのは、どういう条件のときに買い手がつくかまでです。
4. 手数料は「何を基準にするか」で変わる
中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」は、手数料の種類として着手金(主に契約締結時)、月額報酬(主に毎月一定額)、中間金(基本合意締結時など案件完了前の一定時点)、成功報酬を挙げています。どれを請求するかは業者によって異なる。すべてを請求する業者もいれば、着手金・月額報酬・中間金を請求せず成功報酬のみとする業者もいる。
ここまでは比較しやすい部分です。金額を大きく動かすのは、成功報酬の「基準となる価額」をどれにするかです。ガイドラインは3種類を挙げています。
| 基準 | 何を基準にするか |
|---|---|
| 譲渡額 | 譲渡そのものの金額 |
| 移動総資産額 | 主に譲渡額に負債額を加えた額。同じ譲渡額でも、負債(特に借入金)が多いほど手数料は高くなります |
| 純資産額 | 資産と負債の差額。簿価純資産額なら決算書から計算でき明確なため、小規模企業で使われることがあります |
ガイドラインが挙げている事例2は、譲渡額5億円・負債額5億円の株式譲渡です。基準を移動総資産額(10億円)にすると、レーマン方式で計算した成功報酬は税込4,950万円になります(5億円までの部分に5%、5億円超10億円以下の部分に4%)。同じ案件で基準を譲渡額(5億円)にすれば、同じ計算で2,750万円です。差は2,200万円で、案件の中身は同じまま契約書の1行が違うだけです。
なおこの事例では中間金55万円(税込)が成功報酬に充当されるため、実際に支払う成功報酬は4,895万円、中間金と合わせた手数料の総額は4,950万円になります。中間金があるかないかで総額は変わりませんが、成立しなかった場合に戻らない額は変わります。
塾の規模では、率より最低手数料が先に効く
報酬の算定にはレーマン方式が使われることが多く、ガイドラインが例示する表では5億円以下の部分に5%を乗じます。ただしこの率が効くのは、基準となる価額がある程度の大きさになってからです。
ガイドラインは「譲り渡し側が小規模な場合は「基準となる価額」が小さく十分な成功報酬を確保できないため、最低手数料を設けている業者は多いとされている。金額は業者ごとに異なる」としています。基準となる価額が小さい案件では、率で計算した額より最低手数料のほうが大きくなります。自塾の想定額に率を掛けた金額と最低手数料を並べて、どちらが効くかを先に確かめてください。率だけを見て手取りを見積もると、そこで差が出ます。
契約前に確認する3つ
1. 成功報酬の「基準となる価額」はどれか。移動総資産額なら、自塾の借入がそのまま手数料に乗ります。
2. 最低手数料はいくらか。自塾の想定譲渡額に率を掛けた額と比べて、どちらが大きいか。
3. 着手金・月額報酬・中間金はあるか。成立しなかった場合に何が戻らないか。
5. 契約書で売り手が差し出す、3つの条項
仲介契約・FA契約には、手数料以外に売り手の行動を縛る条項が入ります。中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」が留意点として挙げているもののうち、実務で効くのは次の3つです。
いずれもガイドラインの本文が「譲り渡し側」を主語にしています。つまり売り手が結ぶ契約の条項であって、買い手のものではありません。
専任条項
並行して他の M&A 専門業者へ依頼することを禁止する条項です。同じ候補先に複数の業者が重ねて打診すると相手の心証を害し、売り手の情報も拡散するという点で、条項そのものには一定の合理性が認められるとされています。
ガイドラインの目安: 契約期間は最長でも6か月〜1年以内が目安。
依頼者が意見を求めたい部分を明確にしたうえ、妨げるべき合理的な理由がない場合は、他の支援機関へのセカンド・オピニオンを許容すべきとされている。任意の時点で中途解約できる条項を設けることも望ましいとされる(第2章Ⅱ7)。
直接交渉の制限
M&A 専門業者を介さずに候補先と直接、交渉・接触することを禁じる条項です。交渉の窓口を一本化すると交渉が円滑になるという点で、条項そのものには一定の合理性が認められるとされています。
ガイドラインの目安: 有効期間は仲介契約・FA契約が終了するまでに限定すべき。
制限の対象は、原則としてその業者が関与・接触して紹介した候補先のみに限定すべきとされている(依頼者が「自ら候補先を発見しないこと」「自ら発見した候補先と直接交渉しないこと」を明示的に了解している場合は除かれる)。制限される交渉も、その候補先との M&A に関する目的のものに限定すべきとされる(第2章Ⅱ8)。
テール条項
契約終了後の一定期間(テール期間)内に成約した場合、契約が終わっているにもかかわらず手数料を請求できる条項です。成立直前で契約を終わらせて手数料を免れる行為を想定した規定という点で、条項そのものには一定の合理性が認められるとされています。
ガイドラインの目安: テール期間は最長でも2年〜3年以内が目安。
対象は、その業者が関与・接触して譲り渡し側に紹介した譲り受け側に限定すべきとされている。具体的には、ロングリスト・ショートリストやノンネーム・シートの提示にとどまる場合は対象とすべきでなく、少なくともネームクリア(譲り受け側に企業概要書を送り、譲り渡し側の名称を開示すること)が行われた相手に限るとされる(第2章Ⅱ9)。
なぜこの3つが表に出にくいのか
3つとも、仲介する側にとっては案件を確保するための条項です。自分が結ばせる条項の不利を、自分から説明する理由がありません。説明が無いこと自体は不正ではありませんが、売り手の側が読まなければ誰も読まないままになります。ガイドラインはいずれについても「対象範囲を限定すべき」としています。限定されているかどうかは、契約書を開かないと分かりません。
6. 仲介は、売り手と買い手の両方から報酬を得ることがある
仲介者は売り手と買い手の双方と契約し、双方から手数料を得る形態があります。この形だと話は早く進みますが、売り手は高く売りたく、買い手は安く買いたいという利害は残ったままです。
これは外部からの批判ではありません。中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」自身が、仲介者について利益相反の防止の観点からデュー・ディリジェンス(買収前の調査)を直接実施すべきでないとしています。仲介者が中立ではあり得ない場面がある、という前提が制度側に置かれています。
同ガイドラインは、他の支援機関に意見を求めること(セカンド・オピニオン)についても、依頼者が意見を求めたい部分を明確にしたうえで、これを妨げるべき合理的な理由がない場合には許容されるとしています。迷いがある段階で別の専門家に見てもらうことは、正当な行動です。
片方だけにつく形もある
売り手か買い手のどちらか一方の側につくアドバイザー(FA)に依頼する形もあります。双方から報酬を得ないぶん利害はそろいますが、相手方を探す力は仲介より弱くなる場合もあります。どちらが良いかではなく、いま話している相手がどちらの立場かを把握してください。相手が買い手からも報酬を得るなら、提示された条件は「両方が受けられる線」で、売り手にとっての最大とは限りません。
7. 進め方と、かかる期間
案件によって幅がありますが、順序は概ね決まっています。ガイドラインが挙げる事例では、成立までの業務遂行期間が6か月のものと1年のものが示されています。
- 相談・依頼。仲介契約またはFA契約を結びます。第5章の3条項は、この時点で決まります
- 資料の整理と企業概要の作成。決算書、在籍の推移、講師の契約、賃貸借契約を揃えます
- 買い手の打診。匿名の概要で候補先に当たります。ここで情報が漏れると在籍に影響します
- 面談・条件のすり合わせ。買い手が知りたいのは在籍と講師と固定費です
- 基本合意。価格と手法の大枠が決まります(第9章)
- デューデリジェンス。買い手が調べます(第8章)
- 最終契約・クロージング。ここで確定します
- 引き継ぎ。講師と生徒への説明は、買い手との合意にもとづいて行います
期間が読みにくいのは3の打診からです。探している間も家賃と人件費は出ていきます。手元資金から逆算して、いつまで探すかの上限を先に決めてください。期限の出し方は塾を畳むページで扱っています。
8. 買い手が調べることと、先に整理しておくこと
デューデリジェンスは買い手が主体となって行う調査です。前述のとおりガイドラインは、仲介者が利益相反の防止の観点からこれを直接実施すべきでないとしています。買い手は、案件の規模と論点に応じて会計・法務・労務の専門家を起用することがあります。
売り手の側から見ると、ここで出てくるものは先に自分で把握しておいたほうが有利です。調査で初めて出てくると、価格の引き下げ材料として扱われます。
| 項目 | なぜ効くか |
|---|---|
| 前受金 | 季節講習費や年間教材費を先に受け取っていると、預金の額ほど自由な現金は無い。経済産業省・総務省「経済構造実態調査」(2020年)第5表(事業従事者5人以上の部)では、個別指導方式の14,695事業所のうち前受金がある事業所は59.9% |
| 未払いの残業代 | 授業前の準備や保護者対応が労働時間として整理されていないと、簿外の債務として見られる |
| 講師との契約形態 | 業務委託として扱っていた講師が、実態は雇用と判断される可能性がないか |
| 在籍の実数 | 休会と在籍が分かれていないと、引き継げる人数が実際より多く見える |
| 賃貸借契約の条項 | 名義変更や譲渡に貸主の承諾が要るか、解約予告期間は何か月か |
| リース・教材の契約 | 残債と、譲渡にあたって解除や再契約が要るかどうか |
どれも決算書の数字を見ているだけでは出てきません。契約書と勤怠の記録を先に開いてください。
9. 基本合意と最終契約で、確定するものが違う
買い手から意向表明を受け、条件がすり合ったところで基本合意を結びます。ここで決まるのは大枠で、金額は確定していません。この後のデューデリジェンスで出てきたものによって、条件は動きます。
基本合意には独占交渉権が入ることが多く、この期間は他の買い手と話を進められなくなります。第5章の専任条項が仲介との関係を縛るのに対して、これは買い手との関係を縛るものです。縛りが二重になっていることを把握しておいてください。
最終契約で金額と引き渡し日が確定します。表明保証(売り手が「これは事実です」と保証する条項)が入り、後から違っていた場合の負担を売り手が負います。第8章で挙げたものを先に整理しておくのは、この保証の範囲を狭めるためでもあります。
決めておく順序
基本合意に署名する前に、独占交渉権の期間と、条件が下がったときに離脱できるかを確かめてください。デューデリジェンスで価格が下がる前提の交渉は実際にあります。下がった条件を受けるかどうかを決められる状態にしておくことが、基本合意の段階での主要な論点です。
10. 講師と生徒は、契約書では移らない
譲渡の対象は資産と契約です。講師が残るかどうかと、生徒が通い続けるかどうかは、契約書に書いても保証できません。
株式譲渡なら雇用関係はそのまま続きますが、続くのは形式上の話で、辞めるかどうかは本人が決めます。事業譲渡なら一人ずつ同意が要るので、その時点で意思を確認することになります。
伝える順序でも結果が変わります。保護者から先に伝わると、講師は生徒経由で譲渡を知ることになります。実務では、保護者への告知より前に講師へ伝える順序が取られます。ただし譲渡では、いつ誰に伝えるかは買い手との合意事項です。独断で先に話すと、条件のすり合わせが壊れることがあります。
なお労働基準法(昭和二十二年法律第四十九号)第20条(解雇の予告)は、少なくとも30日前に予告する。予告しない場合は30日分以上の平均賃金を支払うと定めています。譲渡で雇用が引き継がれるなら解雇にはあたりませんが、引き継がれない講師が出る場合は、この規定にしたがって予告か手当が必要になります。
11. 買い手の探し方
探し方は大きく3つあります。どれを使うかで、第5章の条項がどこまで効くかも変わります。
- 仲介・FAに依頼する。候補先を探す力は最も強い代わりに、専任条項・直接交渉の制限・テール条項が付きます
- 案件一覧サイトに登録する。自分で情報を出して買い手からの接触を待ちます。匿名で出しても、地域と規模と業態が揃えば特定されることがあります。生徒と講師に伝わる経路になり得ることを踏まえて、出す情報の粒度を決めてください
- 事業承継・引継ぎ支援センターに相談する。各都道府県に置かれた公的機関で、相談自体は無料です。登録機関等に依頼する場合は有料になります
同業の塾、近隣で多店舗展開している法人、異業種から教育に入りたい法人が主な買い手です。買い手がどう投資回収を見ているかは法人・多店舗のページで扱っています。相手の計算を知っておくと、提示された条件がどの前提から出ているかを確認しやすくなります。
本サイトでは特定の仲介会社・プラットフォームの比較は行いません。会社名ではなく、契約前に見る条項に絞っています。
12. 譲る場合と、閉じる場合で手残りが逆転する
譲ると、閉じる場合にかかる原状回復工事と什器・教材の処分が浮きます。一方で、相手を探している期間の家賃と人件費は出ていきます。
- 閉じる場合の支出合計を出す。原状回復、什器処分、解約予告期間の家賃、リース残債、解雇予告手当、前受金の返金
- 譲る場合に残る支出を引く。講師を引き継いでもらえなければ解雇予告手当は譲る場合にも発生します。前受金の扱いも引き継ぐかどうかで変わります
- 相手を探す期間の費用を出す。探している間の家賃と人件費です
- 譲渡代金の下限を出す。手順3から手順2で浮いた額を引きます。これを下回る条件しか出ないなら、閉じたほうが手残りは多くなります。浮いた額のほうが大きければ下限はマイナスになり、代金がゼロでも譲るほうが手元に残ります
無償譲渡を勧められたとき
「原状回復費が浮くので、無償でも譲ったほうが得です」という説明は、手順1から3を自分で計算していないと検証できません。この説明を持ち出すのは買い手の側で、譲渡価格をゼロに近づける材料にもなります。先に自分の数字を持ってから、条件を聞いてください。
閉じる場合の実費の内訳と、判断の期限の出し方は塾を畳むページで扱っています。
13. うまくいかないときの型
譲渡のデメリットとして挙げられるのは、たいてい「希望額で売れるとは限らない」という一般論です。それは前提であって、避けようがありません。ここでは避けられるはずだったのに起きる型を並べます。
情報が漏れて、売り物が減る
最も大きい失敗です。譲渡の話が生徒や保護者に伝わると退塾が出て、講師も動きます。買い手が買っているのは在籍と講師なので、漏れた瞬間に売り物そのものが減ります。案件一覧サイトに出す情報の粒度と、講師にいつ伝えるかは、この一点に効きます。
縛られたまま時間だけが過ぎる
専任条項があると、進みが悪くても他社に頼めません。ガイドラインが「契約期間は最長でも6か月〜1年以内が目安」としているのは、長期間の拘束で適時に他の業者へ依頼できなくなるおそれがあるからです。中途解約できる条項があるかを、署名の前に確かめてください。
契約が終わった後に手数料を請求される
テール条項です。契約を解消して自分で買い手を見つけたつもりでも、それがその業者から紹介された相手なら、手数料の対象になり得ます。ガイドラインは対象を紹介された相手のみに限定すべきとしていますが、無限定になっている契約もあり得ます。誰から紹介された相手かの記録は、自分で残しておいてください。
フランチャイズ加盟教室で、本部の承諾が下りない
加盟契約には譲渡の制限が入っていることが多く、本部の承諾なしには譲れません。買い手が本部の加盟審査に通るかという問題も別に生じます。残存期間と更新条件、承諾の要否を、買い手を探し始める前に加盟契約書で確かめてください。加盟の損得計算そのものはフランチャイズのページで扱っています。
成立しないまま、払ったものだけが残る
着手金・月額報酬・中間金は、成立しなくても戻らないのが通常です。成立しなかった場合に何を負担するのかを、契約前に確認してください。
譲れなかった場合に何が残るか
探しているあいだに在籍が減り、手元資金も減ります。譲渡が成立しなかったとき、閉じるための費用が払えない状態になっていることがあります。原状回復も解雇予告手当も、払う原資が要ります。探す期間の上限を先に決めるのは、この状態を避けるためです。期限の出し方は塾を畳むページで扱っています。
14. よくあるご質問
- 仲介会社に相談したら、その場で契約書に署名を求められました。持ち帰ってよいものですか。
- 持ち帰って構いません。仲介契約・FA契約には、署名した後の行動を縛る条項が入ります。中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」は、専任条項について「契約期間は最長でも6か月〜1年以内が目安」、テール条項について「テール期間は最長でも2年〜3年以内が目安」としています。第5章で3つの条項を扱っています。契約書を読む時間を取らせない相手は、その時点で判断の材料になります。
- 完全成功報酬と書かれていれば、成立しなければ費用はかからないということですか。
- 着手金・月額報酬・中間金を請求しないという意味で、成立時の成功報酬がどう決まるかは別の話です。中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」は成功報酬の「基準となる価額」に譲渡額・移動総資産額・純資産額の3種類があるとしており、どれを使うかで金額が変わります。さらに小規模な案件では最低手数料が先に効きます。第4章で扱っています。
- 自分で見つけた買い手と直接話を進めることはできますか。
- 契約に直接交渉の制限が入っていると、できない場合があります。中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」は、制限の対象を原則としてその業者が関与・接触して紹介した候補先のみに限定すべきとし、有効期間も契約が終了するまでに限定すべきとしています(依頼者が自分では候補先を探さないと明示的に了解している場合は除かれます)。逆に言えば、対象が無限定になっている契約もあり得ます。自分で候補を探すつもりがあるなら、署名の前に対象範囲を確かめてください。
- 前受金がある状態でも譲れますか。
- 譲れますが、前受金は提供していない役務の対価なので、引き継ぐか返すかを条件に含めて交渉します。経済産業省・総務省「経済構造実態調査」(2020年)第5表(事業従事者5人以上の部)では、個別指導方式の事業所のうち受講料の前受金がある事業所は59.9%でした。会計資料の見え方より手元資金が少なくなるため、買い手も調査で見ます。第8章で扱っています。
- 講師には、いつ伝えればよいですか。
- 労働基準法(昭和二十二年法律第四十九号)第20条(解雇の予告)は、少なくとも30日前に予告する。予告しない場合は30日分以上の平均賃金を支払うと定めています。ただし譲渡では、雇用が引き継がれるかどうかで話が変わります。株式譲渡なら雇用関係はそのまま続き、事業譲渡なら個々の同意が要ります。第10章と第2章で扱っています。伝える時期は買い手との合意事項になるため、独断で決めないでください。
- 譲るより閉じたほうが早いのではないですか。
- どちらが手元に残るかは計算で出ます。譲ると原状回復や什器の処分が浮きますが、相手を探す期間の家賃と人件費は出ていきます。受け入れられる代金の下限は、探す期間の費用から浮く支出を引いた額です。浮く額のほうが大きければ下限はマイナスになり、代金がゼロでも譲るほうが手元に残ります。第12章で扱っています。畳む場合の手順そのものは、塾を畳むページにまとめています。
本ページで参照した一次資料
- 中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」(https://www.chusho.meti.go.jp/zaimu/shoukei/download/m_and_a_guideline.pdf)。2026年8月17日に当社がPDFを取得し、全文から該当節を確認しました。 手数料の種類と成功報酬の基準となる価額(第2章Ⅴ1)、レーマン方式と最低手数料(同Ⅴ2)、 具体例(同Ⅴ3)、専任条項(第2章Ⅱ7)、直接交渉の制限に関する条項(同Ⅱ8)、テール条項(同Ⅱ9)、 仲介者の利益相反とデュー・ディリジェンスの取り扱い、セカンド・オピニオン。 期間の数値はいずれもガイドラインが示す「目安」であって、実際の契約がその範囲に収まっている保証ではありません。
- 経済産業省・総務省「経済構造実態調査」(2020年)第5表(統計表ID 0003450271)。政府統計の総合窓口(e-Stat)のAPIから当社が取得し、割合は当社で算出しました。
- 労働基準法(昭和二十二年法律第四十九号)第20条(解雇の予告)(https://laws.e-gov.go.jp/law/322AC0000000049#Mp-At_20)。2026年8月8日に e-Gov 法令APIから条文を取得して確認しました。
- 第4章の金額は、ガイドライン掲載の事例をそのまま引いたものです(消費税・地方消費税は合計10%と仮定されています)。当社が置いた相場ではありません。
当社の立場について
当社は、教室の譲渡や事業譲渡のご相談もお受けしており、成立した場合に対価を受け取る可能性があります。本ページの計算は、譲るか閉じるかのどちらを選んでも同じ手順で出せるようにしています。条件が合わない場合は見送りをお勧めします。 当社は仲介手数料を主たる収益源としていません。 そのうえで、契約条項の解釈、税務・会計上の取り扱い、労務の個別の判断については、弁護士・税理士・社会保険労務士などの有資格者にご確認ください。
本サイトは判断材料を示すもので、譲ること、閉じること、続けることのいずれかを勧めるものではありません。