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法人が学習塾に参入する|M&Aで買う・新規開校する・加盟する、の投資回収比較

すでに事業を持つ法人が学習塾に参入するとき、検索の起点は「塾の開業」ではなく「学習塾のM&A」になります。ゼロから生徒を集める時間のコストのほうが、買収資金より重いためです。

ただ、売却相場が分かっても、買ってよいかは決まりません。決まるのは、その教室の利益が何年で投資額に戻るかです。講師が抜ければ生徒も動くので、回収年数は在籍数だけでは出ません。

買収と新規開校で回収年数がどう変わるか、講師が抜けたときに何年延びるか、前受金という見落としやすい負債がいくら乗るか。この3つを政府統計と実データから出します。当社も譲渡のご相談をお受けする立場にあるため、その前提で開示します。

一方で当社は、ご相談の結果としてフランチャイズ本部をご紹介する場合に、紹介料などの対価を本部から受け取る可能性があります。この点は本ページ末尾にも記載しています。判断材料は本ページと同じ計算を優先し、条件が合わない場合は見送りをお勧めします。

複数のテナントが入る3階建ての建物を通り側から見た外観。看板は無地
※写真はイメージです。特定の教室や事例を示すものではありません。

SHORT ANSWER

結論から。 同じ価格帯どうしで比べたとき、買収が新規開校より有利になるかどうかは主力講師を引き継げるかどうかで決まります。 当社のモデルケースでは、買収の投資回収は32か月、新規開校は39か月で、差は7か月しかありません。 主力講師が流出した場合、買収の回収は45か月となり、新規開校より6か月遅くなります。 実際の判断は、譲渡対価・引き継げる在籍・自社の固定費の3つを自分の数字に置き換えて行ってください。

計算は第2章、講師の引き継ぎは第3章で扱います。1教室単位の経営指標については塾経営のページ、フランチャイズ加盟そのものの損得はフランチャイズのページで扱っています。

1. 法人が学習塾に入る、3つの入口

法人が学習塾に参入する方法は、実質的に次の3つです。どれを選ぶかで、用意する資金の種類も、収益が立ち上がるまでの月数も変わります。

入口 初期に出る現金 収益の立ち上がり 主なリスク
新規開校 最も小さい(内装・什器・広告) 最も遅い。在籍ゼロから積み上げる 立ち上がりの期間、固定費を払い続ける運転資金
M&Aで買う 最も大きい(譲渡対価+手数料+調査費用) 最も速い。初月から在籍がある 引き継いだ在籍が減る。簿外の負債・前受金
FCに加盟する 中程度(加盟金・保証金・開校費用) 新規開校よりやや速い ロイヤリティが損益分岐を押し上げる

この3つは排他ではありません。既存のフランチャイズ加盟教室を、運営会社ごと買う、または事業として譲り受けるという選択もあります。この場合、本部の承諾や契約の承継・再契約が必要になることが多いため、フランチャイズ契約の譲渡制限、残存期間、更新条件を先に確認してください。株式譲渡か事業譲渡かによって必要な手続きが変わります。

以降の章では、まず新規開校と買収を投資回収で比較し、次に買収の中身を分解します。フランチャイズについては第8章から扱います。

2. 買収と新規開校を、回収までの月数で比べる

買収の検討で最初に出てくる問いは「この価格は高いか安いか」です。ただし、これに一律の答えはありません。同じ価格でも、引き継げる在籍と自社の固定費によって、回収にかかる年数がまったく変わるためです。

比較すべきは価格ではなく、累積キャッシュフローがプラスに転じるまでの時間です。同じ規模の教室を新規開校した場合と並べると、次のようになります。

△1,400万円 △1,000万円 △600万円 △200万円 0 +200万円 +600万円 累積キャッシュフロー 32か月 39か月 45か月 買収(講師を引き継げた)新規開校買収(主力講師が流出) 開始1年2年3年4年5年 開始からの経過期間

この図の読み方

買収が新規開校より早く回収できるのは7か月だけです。 主力講師が引き継げなかった場合、買収の回収は45か月(3年9か月)となり、 新規開校の39か月より6か月遅れます

塾を買収した場合と、同じ規模の教室を新規開校した場合の、累積キャッシュフローを比較したモデルケースです。 買収の優位は「初月から在籍がある」ことに尽きます。その在籍は講師と生徒の関係に紐づいているため、引き継ぎに失敗した瞬間に優位そのものが消えます。
前提: 生徒1人あたりの月間限界利益を17,500円、損益分岐生徒数を55人、安定期の在籍を80人として計算しています( 塾経営のページの標準型テナントと同じ前提です)。 新規開校の初期投資を8,000,000円、在籍の積み上がりを月6人。 買収は譲渡対価と仲介手数料・調査費用の合計を12,000,000円、 引き継げた場合は半年で12人減、流出した場合は1年で24人減とし、いずれもその後は月1人ずつ回復するものとしています。 いずれも当社が置いたモデルであり、特定の案件の条件ではありません。 実際の判断は、検討している案件の在籍数・譲渡対価・固定費を当てはめて行ってください。

差は思ったより小さい

買収が新規開校より早く回収できるのは7か月分です。買収に上乗せして払う金額のほとんどは、この7か月を買っていることになります。それが妥当かどうかは、その期間に自社にとってどれだけの意味があるかで決まります。

すでに近隣で教室を運営していて、教室長の人材も指導の型もある法人なら、新規開校の立ち上がりはモデルより速くなります。その場合、買収の優位はさらに縮みます。

逆に、塾の運営が初めてで、講師採用も教材選定もこれからという法人にとっては、稼働している教室をそのまま引き継げる価値は大きくなります。買収の妥当性は、案件側ではなく自社側の条件で決まります。

価格交渉の前に決めておくこと

「何年で回収できれば投資として成立するか」を先に決めてください。1教室あたりの損益は収支シミュレーターで、新規開校の初期投資は開業資金シミュレーターで出せます。この基準がないまま交渉に入ると、譲渡対価は交渉の勢いで決まります。基準を先に持っていれば、上限を超えた時点で降りるという判断ができます

3. 買収の優位は、講師を引き継げるかで消える

前章の図で、買収の線が最初から高い位置にあるのは、初月から在籍があるからです。買収で買っているのは、在籍している生徒です。

では、その生徒は何によってその教室に留まっているのか。ここを確かめないまま買うと、引き継いだ直後に前提が崩れます。塾の在籍を支えているものは、おおむね次の3つに分けられます。

在籍を支えるもの 引き継ぎやすさ 確かめ方
立地・通いやすさ 引き継げる 賃貸借契約の残存期間と更新条件、通学圏の学校名と生徒の分布
講師との関係 条件つき 主力講師の勤続年数・担当生徒数・雇用形態・処遇、本人の継続意思
価格・割引 引き継ぐと利益が出ない 生徒ごとの実請求額、兄弟割引・友人紹介割引の適用件数と期限

在籍が講師に紐づいているほど、危ない

個別指導では、生徒と保護者は「その教室」ではなく「その先生」に通っている場合があります。指導の相性で選ばれている以上、これは自然なことです。しかし買い手にとっては、在籍数という資産が、辞めることのできる個人に紐づいていることを意味します。

株式譲渡では雇用主である法人が変わらないため、雇用契約は原則としてそのまま維持されます。ただし講師に辞めない義務が生じるわけではありません。事業譲渡の場合は、雇用契約を移すこと自体に本人の同意が必要です。どちらの手法でも、講師が残るかどうかは最終的に本人の意思で決まります。

現経営者が現場の主力講師を兼ねている小規模な教室では、ここでいちばん大きく効きます。経営者が退けば、在籍を支えていた関係もそのまま消える可能性があります。この場合、引き継ぎ期間として現経営者に一定期間残ってもらう取り決めが有効ですが、その期間と条件は最終契約に含める必要があります。

最終契約の前にやっておくこと

主力講師との面談を、契約の前に済ませてください。処遇を維持する意思を伝え、継続の意向を直接確認します。売り手が情報開示を渋る場合もありますが、ここを確かめずに買うことは、在籍数を確かめずに買うことと同じです。面談できないまま進めるのであれば、講師流出を織り込んだ回収年数で価格の上限を引き直してください。

4. 買う前に確かめる、7つの数字

提示される資料は、売上と利益が中心です。塾の収益を左右するのは、その手前にある在籍の構造のほうです。次の7つは、金額ではなく推移と内訳で確認してください。

  1. 在籍数の月次推移(直近3年) 単月の在籍数ではなく、季節変動を含んだ3年分の推移を見ます。減少が続いている教室を、直前の季節講習で持ち上げた状態で売りに出すことがあります。年度をまたいだ同月比較をしてください。
  2. 学年構成 中学3年・高校3年に偏っている場合、翌春に卒業でまとまった在籍が抜けます。買収直後に在籍が落ちる構造になっていないかを確認します。
  3. 退塾率 月次の退塾者数を在籍数で割った値です。ここが高い教室は、買った後も同じ速度で生徒が抜け続けます。退塾率と必要な新規生徒数の関係は塾経営のページで扱っています。
  4. 生徒1人あたりの実請求額 月謝の表示額ではなく、割引後の実際の請求額です。兄弟割引や友人紹介割引が広く適用されていると、表面の在籍数から想定される売上に届きません。
  5. 講師の勤続年数と担当生徒数 第3章の論点です。上位数名の講師が担当する生徒が全体の何割かを出してください。ここが高いほど、引き継ぎの失敗が致命傷になります。
  6. 前受金の残高 受け取り済みで、まだ授業を提供していない分です。第5章で扱います。
  7. 問い合わせから入塾までの件数 在籍数は結果であり、その手前にある集客の力を示すのがこの数字です。問い合わせ件数が細っていれば、在籍は今後減ります。

これらは会計資料には出てきません。生徒管理システムや募集の記録から出す必要があります。開示を求めても出てこない項目がある場合、それ自体が判断材料になります。

5. 会計資料に出てこない前受金

塾には、季節講習の費用や教材費、数か月分の授業料を先に受け取る商習慣があります。受け取った時点では現金が増えますが、授業を提供する義務が残っているため、実質的には負債です。

口座に見えている残高が、そのまま使える額とは限らない(モデル) 季節講習費や年間教材費を先に受け取っている場合、その分は返す前提の預り金です 事業用口座 前受金 自由に使える分 畳むなら返す原資 譲るなら引き継ぐ負債 残高 個別指導方式の59.9%の事業所に、この前受金があります 判断の期限を計算するときは、残高からこの分を引いてから割ってください

読み方 口座の残高には、まだ提供していない役務の対価が混ざっています。季節講習費を前期にまとめて受け取っていれば、その講習を実施するまでは預かっているだけです。 畳むときはこれを返す原資が要り、譲るときは買い手が引き継ぐ負債になります。どちらの道を選んでも、手元の現金からこの分を差し引いて考える必要があります。

割合の出典: 経済産業省・総務省「経済構造実態調査」(2020年)第5表(統計表ID 0003450271・事業従事者5人以上の部)。個別指導方式の14,695事業所のうち、受講料の前受金がある事業所は8,805事業所です。政府統計の総合窓口(e-Stat)のAPIから当社が取得し、割合は当社で算出しました。 帯の金額はモデルで、統計値ではありません。自塾の科目別の残高に置き換えてください。

売り手がどう精算するかは塾を畳む・譲るのページ、書面にどう書いてあるべきかは入塾時の書面のページにあります。

買い手にとって問題になるのは、授業を提供する義務と、その原資となる現金が切り離されてしまう場合があることです。切り離されると、引き継いだ直後の数か月、人件費は出ていくのに月謝が入ってこない状態になります。

どこを確認するかは手法によって変わります。株式譲渡では、前受金の負債は対象会社に残ります。したがって確認すべきは、その負債に見合う現預金が引き渡しの時点で会社に残っているか、引き渡しまでに引き出されていないか、価格の調整条項がどうなっているかです。事業譲渡では、未提供の役務と生徒との契約をどこまで引き継ぐか、受け取り済みの金額をどう精算するかを、契約で個別に定める必要があります。

前受金は、例外的な慣習ではない

経済産業省・総務省の経済構造実態調査(2020年・事業従事者5人以上の部)を当社が集計したところ、個別指導を行う14,695事業所のうち8,805事業所、 つまり59.9%が前受金を受け取っています。およそ6割です。特殊な条件の教室に限った話ではありません。

金額の規模も小さくありません。季節講習は月謝の数か月分に相当することがあり、在籍80人の教室なら数百万円規模になり得ます。回収年数の計算に対して無視できない大きさです。

契約でどう扱うか

前受金の残高を確定させ、譲渡対価から差し引くか、相当額を買い手へ引き渡す取り決めを最終契約に入れてください。「引き継ぎ時点で役務未提供の前受金がいくらあるか」を、生徒ごとの明細で出してもらいます。この確認は決算書だけでは終わりません。

出典: 経済産業省・総務省「経済構造実態調査」(2020年)第5表(統計表ID 0003450271)。2020年調査。事業従事者5人以上の事業所が対象です。前受金の有無を集計したもので、金額の規模を示すものではありません。

6. 商圏が重なれば、在籍は足し算にならない

すでに教室を持つ法人が近隣の塾を買うとき、見落とされやすいのが商圏の重複です。2教室を足して在籍が単純に合算されるのは、通学圏が分かれている場合だけです。

塾の通学圏は、小中学生であれば徒歩か自転車で通える範囲、つまりおおむね同じ学校の生徒です。買収先と自社教室の通学圏が同じ中学校区を含んでいる場合、両方の教室が同じ生徒を取り合っていたことになります。

重複そのものより、織り込まずに合算するほうが危ない

重複していれば、買収によって競合が1つ消えます。価格競争が止まり、割引を戻せる可能性もあります。問題は、重複を織り込まずに在籍の合算で回収年数を計算してしまうことです。

確かめ方は難しくありません。買収先の在籍生徒の通学先小中学校の内訳を出してもらい、自社教室の内訳と重ねます。重複が大きい場合は、統合して1教室にする選択も含めて設計を考え直してください。2教室分の家賃を払い続ける前提が崩れることがあります。

商圏そのものに何人の対象者がいるかは、市町村の人口規模によって通塾率が大きく変わります。この点は開業ガイドの商圏の章で、公的統計をもとに扱っています。

7. 仲介手数料と調査費用を、回収の計算に入れる

中小企業のM&Aでは、売り手と買い手の双方から依頼を受ける「仲介者」が関与することが一般的です。この形は交渉を速く進められる一方で、買い手の側に1つ、費用の見積もりに直接効く帰結があります。

中小企業庁が定める中小M&Aガイドラインは、仲介者について利益相反の防止の観点からデュー・ディリジェンス(買収前の調査)を直接実施すべきでない、としています。つまり調査は、買い手が自分で手配することになります。

調査費用は買収コストに含める

仲介者から提供される資料は出発点であり、検証そのものではありません。案件の規模と論点に応じて、会計・法務・労務などの専門家を買い手側で起用することを検討してください。起用する場合はその費用も買収コストに含めて回収年数を計算します。第2章のモデルで譲渡対価に諸費用を上乗せしているのはこのためです。

成功報酬の算定基準で、支払額が変わる

同ガイドラインは、手数料として着手金・月額報酬・中間金・成功報酬といった類型を挙げています。買い手として確認すべきは成功報酬の算定基準です。譲渡対価を基準とするのか、負債を含む総額(移動総資産額)を基準とするのかで、支払う金額が変わります。契約前に、算定の基礎と料率、最低手数料の有無を確認してください。

手数料の3つの基準と、仲介契約に入る専任条項・直接交渉の制限・テール条項については、塾を売る・譲るページで詳しく扱っています。これらの条項はガイドラインが「譲り渡し側」を主語にして書いているもので、売り手側の論点です。相手が何に縛られているかを知っておくと、交渉の進み方が読めます。

8. フランチャイズ加盟と非加盟で、収益構造は違う

法人が複数教室を展開する場合、フランチャイズに加盟するかどうかは避けて通れない判断です。ここでよく言われるのが「フランチャイズは利益率が低い」という説明ですが、政府統計で確かめると、そうはなっていません。

次の図は、経済産業省「特定サービス産業実態調査」(2018年)学習塾・全国計を、当社が e-Stat のAPIから取得して集計したものです。

1事業所あたりの年間収益構造 営業費用 営業利益 フランチャイズ非加盟 営業利益率 17% 売上 28,161,177円 営業利益 4,796,505円 フランチャイズ加盟 営業利益率 16.8% 売上 11,486,292円 営業利益 1,932,668円 営業利益率はほぼ同じ。違うのは1事業所あたりの規模で、営業利益は加盟が非加盟の40% 年間の営業利益10,000,000円に必要な事業所数 フランチャイズ非加盟 1事業所 4,796,505円 3事業所 フランチャイズ加盟 1事業所 1,932,668円 6事業所
経済産業省「特定サービス産業実態調査」(2018年)学習塾・全国計をもとに、当社が e-Stat の API から取得して算出しました(統計表ID 0003409877)。 フランチャイズ加盟の営業利益率16.8%は、非加盟の17%とほとんど変わりません。 加盟して収益性が落ちるという説明は、少なくとも全国の集計値では支持されません。 差が出るのは規模のほうで、1事業所あたりの営業利益は加盟が非加盟の40%、 受講生1人あたり年間売上は47%(加盟187,651円/非加盟397,832円)です。 1事業所あたりの受講生数も加盟61人・非加盟71人と差があります。
必要事業所数は、1事業所あたりの営業利益で目標額を割って切り上げた値です。実際には教室が増えると本部機能の人件費が別途かかるため、この数を満たせば必ず手取りが目標額になるわけではありません。
全規模の部。1つの事業所が複数の区分に該当する場合があるため、加盟・非加盟の合計は全体と一致しないことがある。

違うのは利益率ではなく、1事業所あたりの規模

営業利益率は、加盟16.8%に対して非加盟17%。差は0.2ポイントしかありません。 一方で1事業所あたりの営業利益は、加盟1,932,668円に対し非加盟4,796,505円で、 加盟は非加盟の40%です。

この差はどこから来るか。受講生1人あたりの年間売上が、加盟187,651円に対し非加盟397,832円と、47%の水準にとどまっていることが大きく効いています。1事業所あたりの受講生数も加盟61人・非加盟71人と差があります。

つまり全国の集計値で見る限り、フランチャイズ加盟教室は「効率が悪い」のではなく「小さい」ということです。なぜそうなるのかまでは、この統計だけでは断定できません。確かなのは、平均値で見たときに低単価・少人数の傾向が出ているという事実のほうです。

法人にとっての含意

1教室あたりの規模が小さいということは、同じ利益額に到達するために必要な教室数が増えるということです。教室が増えれば、教室長の採用と管理の負荷も増えます。加盟を検討するなら、ロイヤリティの率だけでなく、この点を計算に入れてください。

加盟そのものの損得を、ロイヤリティと在籍増の関係から計算する方法はフランチャイズのページで扱っています。個別ブランドの加盟条件については本ページでは扱いません。

9. 目標の利益額に必要な教室数は、加盟で2倍になる

「塾経営で年収1000万円」という目標を、前章の統計から逆算してみます。1事業所あたりの営業利益で10,000,000円を割ると、次のようになります。

区分 1事業所あたり営業利益 10,000,000円に必要な事業所数
フランチャイズ非加盟 4,796,505円 3事業所
フランチャイズ加盟 1,932,668円 6事業所

1教室では届きません。これは統計上の平均であり、単価の高い教室を作れば1〜2教室でも到達し得ますが、平均像から出発するならこの規模感になります。

この表に入っていない費用がある

1事業所あたりの営業利益は、その事業所の損益です。教室が3つ、6つと増えれば、自分が全教室の現場に立つことはできなくなります。教室長を採用し、その人件費を払う必要があります。

したがって、必要な事業所数はこの表の数より多くなるのが現実です。2教室目以降の設計で問われるのは資金ではなく、自分が現場にいなくても回る仕組みを作れるかです。ここを作れないまま教室を増やすと、次章のパターンに入ります。

出典: 経済産業省「特定サービス産業実態調査」(2018年)学習塾・全国計(統計表ID 0003409877)。必要事業所数は1事業所あたり営業利益で目標額を割って切り上げた値です。役員報酬・税金の扱いによって手取りは変わります。

10. 多店舗展開でつまずく、5つの型

どれも1教室では起きず、2教室目以降で表面化します。

インターネットを活用した指導方法の採用率(事業従事者の規模別) 経済構造実態調査(2020年)第3表。事業従事者5人以上が対象で、4人以下の教室は入っていません 50% 5〜9人 47.5% n=12,260 10〜29人 74.2% n=11,313 30〜49人 77% n=1,320 50〜99人 65.2% n=532 100人以上 86.4% n=44 10〜29人を境に、使っている側が多数派に入れ替わります 自塾がどの区分にいるかで、「まだ早い」の意味が変わります

読み方 赤い棒は半数に届いていない区分、青い棒は多数派になっている区分です。10〜29人のところで入れ替わります。 規模が小さいうちは使っていない教室のほうが多く、それ自体は珍しい状態ではありません。ただし規模が上がると逆転するため、人を増やす計画があるなら、増やす前に決めておくほうが移行が軽く済みます。

出典: 経済産業省・総務省「経済構造実態調査」(2020年)【33学習塾】事業従事者5人以上の部 第3表(統計表ID 0003450269)。政府統計の総合窓口(e-Stat)のAPIから当社が取得し、割合は当社で算出しました。 事業従事者5人以上の事業所が対象。「インターネットを活用した指導方法」の採用の有無であり、管理業務のシステム化の有無ではない。事業従事者5人以上が対象のため、個人で運営している教室はこの集計に含まれません。

  1. 1教室目の成功を、経営者本人の指導力が支えていた 再現できるのは仕組みだけで、本人の力量は複製できません。2教室目を任せた瞬間に、1教室目と同じ結果は出なくなります。展開の前に、指導と運営を人に渡せる形に文書化してください。
  2. 教室長を採用せず、経営者が2教室を掛け持ちした 人件費は浮きますが、どちらの教室も対応が薄くなり、両方の退塾率が上がります。1教室目の利益が2教室目の赤字で消えるという形になりがちです。
  3. 商圏が重なっていた 第6章の論点です。近いほど管理はしやすくなりますが、近すぎると生徒を取り合います。管理のしやすさと商圏の分離は相反します。
  4. 1教室目の黒字を、立ち上げ中の教室の赤字で食い潰した 新規開校は回収まで4年前後かかります(第2章)。その間の赤字を既存教室の利益で埋める設計になっていると、3教室目を出す資金が貯まりません。展開のペースは資金繰りで決まります。
  5. 全教室が同じ時期に赤字になった 塾の在籍は新年度と季節講習の前後で大きく動きます。全教室が同じ季節変動を持つため、悪い年は全教室が同時に悪くなります。1教室あたりの運転資金を薄くしすぎないでください。

買収による展開は、このうち1と4を緩和します。稼働している教室と、そこにいる教室長ごと引き継げるためです。買収の本当の価値は、在籍数より「回っている運営」を引き継げる点にあります。だからこそ、第3章の講師の引き継ぎが決定的になります。

11. 撤退の基準は、投資の前に決める

買収にせよ新規開校にせよ、投資の判断と同時に決めておくべきなのが撤退の基準です。撤退基準は、うまくいかなくなってからでは決められません。そのときには、これまで投じた金額が判断を歪めるためです。

塾の場合、次の3つを数字で決めておくと機能します。

  • 在籍数の下限と、その状態が続く月数。「損益分岐を6か月連続で下回ったら撤退を検討する」といった形にします。
  • 追加投入する資金の上限。ここを決めておかないと、埋め合わせのための資金投入が続きます。
  • 判断する時期。塾は季節変動が大きいため、判断は年度単位にします。閑散期の単月で判断すると、毎年その月に撤退を検討することになります。

撤退の方法にも選択肢があります。閉鎖して原状回復するほかに、教室を第三者へ譲渡するという道があります。在籍が残っている状態であれば、買い手が見つかる可能性があります。この意味で、本ページの買い手側の論点は、そのまま売り手になったときの準備にもなります。売り手として畳むか譲るかを判断する材料は、塾を畳む・譲るのページにまとめています。

なお、参考として全国の平均像を挙げておくと、令和3年経済センサス‐活動調査では学習塾の受講生1人あたりの年間売上は475,024円です。月謝の表示額から想像される水準よりかなり高く、季節講習・教材費・複数科目受講がここに含まれます。この点は塾経営のページで詳しく扱っています。

12. よくあるご質問

学習塾のM&Aの相場はいくらですか。
一律の相場はありません。中小企業庁の中小M&Aガイドラインは、簿価純資産法・時価純資産法・類似会社比較法などで算定した価値をもとに交渉し、純資産に数年分の利益を加算する場合もあるとしたうえで、当事者同士が最終的に合意した金額が譲渡額になると述べています。したがって買い手が確かめるべきは相場との比較ではなく、その価格を自分の商圏と固定費で何年かけて回収できるかです。
塾を買収するのと、新しく開校するのはどちらが有利ですか。
当社のモデルケースでは、買収は投資を回収しきるまで32か月、新規開校は39か月です。買収が早いのは7か月分にとどまります。しかも買収の優位は「初月から在籍がある」ことだけに支えられており、主力講師が引き継げなかった場合は45か月となり、新規開校より6か月遅くなります。同じ価格帯・同じ規模で比べる限り、講師を引き継げるかどうかで回収年数が逆転します。ただし実際の案件では譲渡対価も主要な変数になるため、価格の上限は回収年数から逆算して決めてください。
買収した塾の講師はそのまま残りますか。
自動的には残りません。株式譲渡では雇用主である法人が変わらないため雇用契約は原則としてそのまま維持されますが、講師に辞めない義務が生じるわけではありません。事業譲渡の場合は、雇用契約を移すこと自体に本人の同意が必要です。塾の在籍は講師と生徒・保護者の関係に強く依存するため、主力講師の離脱は在籍の減少に直結します。最終契約の前に、主力講師との面談と処遇の確認まで済ませることをおすすめします。
塾の買収で、デューデリジェンスは誰がやるのですか。
買い手が主体となって行います。中小企業庁の中小M&Aガイドラインは、仲介者について、利益相反の防止の観点からデューデリジェンスを直接実施すべきでないとしています。仲介者に任せきりにはできないという前提に立ち、案件の規模と論点に応じて会計・法務・労務などの専門家を買い手側で起用することを検討してください。起用する場合はその費用も買収コストに含めて回収年数を計算します。
法人が塾を始めるなら、フランチャイズと独立のどちらがよいですか。
営業利益率で選ぶ問題ではありません。経済産業省の特定サービス産業実態調査(2018年)では、フランチャイズ加盟の営業利益率16.8%に対し非加盟は17.0%で、ほとんど差がありません。差が出るのは1事業所あたりの規模で、営業利益は加盟が非加盟の40%です。目標とする利益額に必要な事業所数が変わるため、何教室まで展開する計画かで判断してください。
塾経営で年収1000万円を目指すには何教室必要ですか。
前掲の統計から1事業所あたりの営業利益で割ると、フランチャイズ非加盟なら3事業所、加盟なら6事業所が目安になります。ただし教室が増えると教室長の採用と本部機能の人件費が別途かかるため、この数を満たせば必ず手取りが1000万円になるわけではありません。2教室目以降は、自分が現場に立たなくても回る仕組みを作れるかが条件になります。
塾のM&Aで買い手が失敗するのはどんなケースですか。
多いのは、在籍数だけを見て買い、その在籍が何に支えられているかを確かめなかったケースです。講師との関係で残っている生徒なのか、立地で来ている生徒なのか、割引で留まっている生徒なのかで、引き継いだ後の残り方がまったく変わります。あわせて、受け取り済みで役務が未提供の前受金の扱い、既存教室との商圏の重複も、契約前に確認してください。

本ページで参照した統計・ガイドライン

  • 中小企業庁「中小M&Aガイドライン(第3版)」(令和6年8月)— 仲介者の利益相反、デュー・ディリジェンスの取り扱い、手数料の体系、専任条項・テール条項の目安、バリュエーションの手法、セカンド・オピニオン
  • 経済産業省「特定サービス産業実態調査」(2018年)学習塾・全国計(統計表ID 0003409877)— フランチャイズ加盟別の1事業所あたり収益構造
  • 経済産業省・総務省「経済構造実態調査」(2020年)第5表(統計表ID 0003450271)— 前受金を受け取っている事業所の割合
  • 総務省・経済産業省「令和3年経済センサス‐活動調査」産業別集計(サービス関連産業に関する集計)(統計表ID 0004003273)— 受講生1人あたり年間売上

統計値は当社が e-Stat のAPIから取得し、1事業所あたりの値などの導出は当社で計算しています。集計の対象範囲は調査ごとに異なるため、異なる調査の数値を組み合わせて1事業所あたりの値を算出することはしていません。

当社の立場について

当社も教室の譲渡・事業譲渡のご相談をお受けしており、成立した場合に対価を受け取る可能性があります。開業・経営のご相談をいただいた方のうち、条件から見てフランチャイズ加盟が適していると判断される場合に本部をご紹介することがあり、 その際は紹介料などの対価を本部から受け取る可能性があります。 そのうえで、判断材料は本ページと同じ計算を優先し、条件が合わない場合は見送りをお勧めします。

本ページの投資回収の計算は、当社が置いた前提にもとづくモデルケースであり、特定の案件の条件ではありません。譲渡対価・在籍数・固定費は案件ごとに大きく異なります。収益や買収の成功を保証するものではありません。契約条項の解釈、税務・会計上の取り扱いについては、弁護士・税理士などの専門家にご確認ください。